城むすめの100名城と温泉めぐりヒーロー画像1
染井さくら

こんにちは、箕輪城を案内する城むすめの染井さくらです。この記事ではお城のガイドやお城の周辺観光なども紹介させてもらいます。よろしくお願いします♪

大和なつき

箕輪城は丘陵地に築かれた戦国時代の名城で、関東の覇権をめぐる攻防の舞台となりました。堅固な構造と大規模な土木遺構を今も見学できる城となっています!

基本情報

箕輪城01

箕輪城は戦国時代に長野業尚(ながの なりなお)によって築かれた山城です。後に長野業正の時代には大規模に整備され、関東屈指の堅城として知られました。

長野氏滅亡後は武田信玄の家臣で武田四天王の一人・内藤昌豊や、徳川家康の配下の武将が城主を務め、戦国の争いの中で幾度も城主が交代する歴史を歩みました。現在は山城としての姿を残しつつ、遺構や復元された門などが見学できます。

年代出来事城主・関係者
1512年頃長野業尚が築城長野業尚(築城者)
1530年代以降長野業正が大規模に整備、堅城として有名に長野業正(名将)
1566年武田信玄が攻略し、内藤昌豊を城主に据える内藤昌豊(武田家臣)
1590年徳川家康の配下の城となる井伊直政など
江戸時代初期廃城
染井さくら

箕輪城は日本100名城の16番に選ばれていて、戦国時代には関東の覇権争いを巡る重要拠点だったそうです♪

どんな城

箕輪城-地図

箕輪城は群馬県高崎市に位置する平山城で、丘陵地を活かして築かれた戦国時代の代表的な山城です。

この城は長野業尚・業正父子によって築かれ、特に業正の時代には関東屈指の堅城として知られました。「上州の名将」と呼ばれた長野業正は、上杉謙信や北条氏と渡り合い、卓越した防衛戦を展開した人物としても有名です。そんな業正は黄牛のように粘り強く、決して敵に屈しないことから「上州の黄牛」と呼ばれていました。

現在は城内に復元された郭馬出西虎口門や見事な石垣、大規模な大堀切が残り、かつての防御構造の規模と堅固さを体感できます。また、かつての本丸跡からは、戦国時代の激動をしのぶことができます。

大和なつき

箕輪城は城の設計が梯郭式で城域の形が箕(みの)に似ていることから箕輪城と名付けられたようです!

箕輪城さんぽ

箕輪城10

今回は搦手口から入城しました。ただ入り口付近で、ある看板が目に留まりました。そこにはなんと、クマ出没注意の文字が…。山城でヘビや野生動物などの注意書きを見ることはありますが、さすがにクマは驚きです。この看板を見てしまうと、正直少し先に進むのが怖くなってしまいますね。

とはいえ、この日は天気も良く絶好の城散策日和でした。気を取り直して先に進みます。

ちなみに搦手口ですが現在はいわゆるお城の裏口にあたる場所です。ただ実は長野氏が治めていた時代はこちらが正面玄関である大手口だったそうです。 その後、徳川四天王の一人・井伊直政が入城した際に、別の場所に大手口を設けたため、こちらが搦手口になったと言われています。

箕輪城02

搦手口を入ってすぐの場所にある稲荷曲輪です。 建物などの遺構は残っていませんが、石碑が立っているのでここが曲輪だったんだなと場所を把握することができます。

敷地はほぼ三角形の形をしていて、東側の堀は当時水堀だったそうです。現在は水は残っていませんが、箕輪城の堀の多くは空堀(水のない堀)なので、水堀があった場所というのは実は珍しいポイントですよね。

箕輪城内

稲荷曲輪を抜けて先に進みます。 ここからは景色が一変して、本格的に山の中に入ってきたような雰囲気になってきました。

箕輪城、榛名白川(はるなしらかわ)という川や、その周辺に広がる湿地帯(沼)など、自然の地形を巧みに利用した構造になっています。

人の手で作った壁だけでなく、川や沼、山の斜面そのものを防御壁にしている、まさに天然の要害ですね。

箕輪城03

さらに山道を進んでいくと、奥の方に大きな橋が見えてきました。あれはこの先にある二の丸や本丸といった中心エリアへ繋がっている橋のようです。

歩いていて感じますが、この箕輪城とにかく広いです。敷地面積は約36ヘクタールもあり、関東屈指の規模を誇ります。東京ドームに換算すると約7.8個分という広さがあるようです。

道の雰囲気は完全に山の中ですが、ここは平山城なので見た目ほど傾斜はきつくありません。 足元の土は少しデコボコしていますが、息が切れるような登山ではないので、広さの割には比較的歩きやすいお城だと思います。

ただし自然豊かな場所なので虫が非常に多いです。特に夏場など何も対策しないと集中できないレベルかもしれないので、虫よけスプレーをしっかり準備して散策することをオススメします。

箕輪城12

三の丸とその下にある石垣エリアです。 三の丸跡地には建物などの遺構は残っていませんが、石碑が立っているので位置関係をしっかり把握することができます。

ここで注目なのがこの石垣です。自然の石を加工せずにそのまま積み上げる野面積み技法で、戦国時代の荒々しくも高度な技術を今に伝えています。

発掘調査では高さ4メートルを超える巨大な石垣が見つかっているそうです。 当時関東のお城は土で作るのが主流で、石垣を持つ城はとても貴重でした。これほど立派な高石垣が使われていることからも、この箕輪城がいかに北関東の要として重要視されていたかが分かりますね。

箕輪城-郭馬出西虎口

山道を抜けると視界が一気に広がり、綺麗に整備された芝生のエリアに出ました。ここは郭馬出西虎口です。

この広い空間は二の丸の南側に位置する郭馬出曲輪です。本来馬出は、城兵が出撃するための小さな拠点のことを指すことが多いようですが、、箕輪城の馬出は独立した曲輪として機能するほど巨大なため、特別に郭をつけて郭馬出と呼ばれているそうです。

まさにここが、守りの要で、反撃のスタート地点だったわけですね。

箕輪城11

箕輪城の名物の大堀切です。城内を北と南にバッサリと分断するこの巨大な空堀、なんと幅は約30メートル、深さは10メートル以上もあります。大堀切の名の通りの深さと大きさで、覗き込むと吸い込まれそうなほどの迫力でした。

これが重機のない時代に人の手(鍬など)だけで掘られたということを考えると驚きます。これだけの土を掘って運んだ労力を想像すると、当時の人々の苦労は計り知れないものがありますね。

この堀のおかげで城は南北に分断され、行き来できるのはたった一本の細い土橋だけになっています。 これによりもし片側(南側)が敵に落とされても橋さえ落としてしまえば、残された方(北側の本丸など)は守り抜くことができます。敵を一箇所に集中させて同時攻撃を防ぐ、まさに最強の防御ラインだったようです。

箕輪城-郭馬出西虎口門

郭馬出西虎口門です。この門は2016年に復元されたばかりの箕輪城の新たなシンボルとなっています。徳川四天王・井伊直政が城主だった時代の姿を再現したもので、立派な2階建ての櫓門となっています。

調査によると城内で見つかった門の中では最大規模の大きさだそうです。

ここは2つの登城ルートが合流する場所にあたるため、敵をここで食い止める防御の要(かなめ)として、これだけ巨大で強固な門が作られたようですね。復元されたおかげで、当時の迫力をリアルに感じることができます。

箕輪城-郭馬出西虎口門正面

郭馬出西虎口門の目の前です。遠くから見ても立派でしたが、真下から見上げるとその大きさに圧倒されます。

ちなみにこの門は発掘調査で井伊氏時代の柱の礎石(土台の石)が8つも確認されていて、その位置や大きさを元に正確に復元されたものだそうです。

昔の人が実際にここに柱を立てていたんだなと思うと、この迫力にも歴史の重みを感じます。

箕輪城05

二の丸です。 郭馬出から少し進んだ場所にあり、建物などの遺構はありませんが、立派な石碑が立っているので場所がすぐに分かります。

この辺りまで来ると足元も綺麗に整備されていて、山の中というよりは広々とした公園のような開放的な雰囲気になってきました。

二の丸は縦横それぞれ約80メートルもの広さがあります。かつては兵士たちの出撃拠点として使われていた場所で、ここなら多くの兵を待機させられますよね。さらにいざという時に東西南北の四方へすぐに出撃できるような構造になっていたそうです。まさに攻撃の要所ですね。

箕輪城06

箕輪城の石碑がひっそりと建てられています。

向かって左側の石碑にはこの城の概要や歴史についてが詳しく記されていました。 ここまでの道のりを思い出しながらこの由緒書きを読むと改めてここが多くの武将たちに争奪された重要な場所だったんだなと歴史の重みをひしひしと感じます。

箕輪城-本丸

本丸です。 東西約70メートルという広大な敷地で、持久戦にも耐えられる強力な防御機能を持っていた場所です。特に東側には高く土塁が築かれていて、下の敵から城内の動きが見えないような工夫がされています。これなら安心して作戦指揮が執れますね。

現在は建物はありませんが、石碑や説明板、展望スペースがきれいに整備されています。

本丸の脇からはさらに奥へと道が続いていますが、まずはこの広い空間で当時の武将たちの息遣いを感じてみました。

大和なつき

この本丸は「1期:長野・武田氏」「2期:北条氏」「3期:徳川氏(井伊直政)」と、3つの時代に渡って大きく造り替えられてきたことが分かっているそうです。支配者が変わるたびに最新の技術でアップデートされてきた、まさに歴史の生き証人のような場所なんですね!

城周辺さんぽ

高崎観光01

箕輪城を後にして次は高崎白衣大観音へ向かいます。

実はこの観音様、名前の通りものすごく大きいので、なんと街中からでもその姿を目にすることができるんです。写真の赤丸で囲んだ部分が観音様となっています。

遠く離れたこの場所からでもハッキリ見えるということは、実物は相当な大きさだということが想像できますよね。 街を見守るように立っている姿、その存在感は抜群です。

高崎白衣大観音

高崎白衣大観音です。間近で見上げると、遠くから見ていた時とは比べ物にならないほどの巨大さに圧倒されます。

高さ41.8メートル、重さはなんと5,985トン! 昭和11年に建立されて以来、高崎の街を優しく見守り続けているシンボルです。 内部は9階層になっていて、肩の高さにある展望窓からは高崎の街並みや上毛三山を一望できる絶景スポットにもなっています。

観音様は観音山エリアにありますが、ここは表参道の商店街や観音山公園、ひびき橋など見どころが満載の観光スポットになっています。 その中でも、やはりこの大観音の存在感は別格ですね。

観音山エリアで観音様がいるのは慈眼院です。その歴史は古く創建は鎌倉時代中期まで遡ると言われています。まずは本堂でしっかりとお参りをさせていただきました。

境内の階段付近には拝観受付があります。観音様を見るだけなら無料ですが、胎内に入りたい場合はここで拝観料(高校生以上300円)を支払います。せっかくなので中に入ってみました。

高崎観光02

観音様の胎内です。1階ごとのスペースはそれほど広くありませんが、内部は9階建ての構造になっていて、らせん階段を登って頂上を目指します。

ちなみにこの階段、頂上までは全部で146段あるそうです。 数字だけ聞くとそうでもなさそうですが、実際に登ってみると結構な運動量になりますね。

階段の途中には全部で20体の仏様や高僧の像が安置されています。 一段一段登りながら、様々な仏様にお参りできるのが胎内巡りの特徴です。途中には聖徳太子の像もありました。

高崎観光03

頂上(展望窓)からの景色です。苦労して登った甲斐がありました。ここからは群馬の名峰である上毛三山や、遠く広がる関東平野までを一望することができます。

この日は天気も最高だったので本当に素晴らしい絶景を拝むことができました。頂上は観音様の肩付近ですが、肩越しに見る景色だと思うと、なんだかとてもありがたい気分になりますね。

富岡製糸場

続いて世界遺産の富岡製糸場です。群馬観光といえば、やはりここは選択肢に入りますよね。車で来る方は注意が必要なのですが、製糸場の敷地内に駐車場はありません。 近くの市営駐車場やコインパーキングに車を停めて、そこから少し歩いて向かうことになります。

ただ製糸場までの道のりは、昔ながらの商店やお土産屋さんが並んでいて、街並み全体から歴史を感じられるレトロな雰囲気になっています。歩いているだけでも楽しいです。

入場料は大人1,000円です。入り口の券売所でチケットを購入してから入場します。 さすがは世界遺産でこの日も多くの観光客で賑わっていました。 明治時代に建てられたレンガ造りの建物がそのまま残る、近代日本の産業遺産。歴史好きならずとも、一度は訪れておきたいスポットですね。

画像は入り口と国宝の東置繭所です。 赤レンガ造りのこの巨大な建物、富岡製糸場といえばこの景色を思い浮かべる方も多いのではないでしょうか。

富岡製糸場内

東置繭所内です。当時は1階を事務所や作業場として使い、2階は乾燥させた繭(まゆ)の貯蔵庫として使われていたそうです。 長さが100メートル以上もある巨大な倉庫にびっしりと繭が保管されていたなんて想像するとすごい規模ですよね。

建物の中1階右側は、現在は展示室(資料館)になっています。ここには富岡製糸場の歴史や仕組みを学べる貴重な資料がたくさん展示されていました。ここをじっくり見ておくと、この後の見学がより深く楽しめるようになるのでオススメです。このときは新1万円札の顔としても知られる渋沢栄一に関する資料もありました。

そして反対側(1階左側)は、ミュージアムショップ(お土産コーナー)になっていました。 富岡産の繭を使ったシルク製品や、おしゃれなスカーフ、お菓子などが販売されています。自分用のお土産探しにもピッタリの場所でした。

高崎観光05

国宝の繰糸所です。この機械がズラリと並ぶ風景、社会科の教科書やテレビで一度は見たことがあるのではないでしょうか。

長さ約140メートルもある巨大な工場の中に、当時使われていた自動繰糸機がそのままの状態で保存・展示されています。 ここで数多くの女性たちが、繭から生糸を取る作業を行っていたんですね。創業当時の空気感がそのままパックされているようで、圧倒されました。

富岡製糸場の敷地はかなり広く、工場だけでなく、かつて働いていた人たちの寮(寄宿舎)や診療所などの施設も残っています。ここは単なる工場というより、ひとつの街のような場所だったんですね。

ちなみに残されている寮の中を覗いた際、部屋にアイドルのポスターなどが貼ってありました。えっ、明治時代にと一瞬思いましたが実は富岡製糸場は昭和62年(1987年)まで現役で操業していた工場だったようです。

なので、昭和の時代の生活感がそのまま残っているんですね。 昔の人も部屋に好きな有名人のポスターを貼っていた…そう思うと人の本質って今も昔も変わらないんだなと、なんだか親近感が湧いて面白かったです(笑)

高崎観光04

続いて高崎市役所 21階展望ロビーです。実は移動中に一時大雨に見舞われたのですが、市役所に到着する頃にはすっかり雨が止んでくれました。

地下に駐車場(有料)がありますが、展望ロビーなどを利用すると1時間まで無料になります。 駐車券の認証(ハンコなど)が必要になるので、忘れずに手続きをしましょう。これは嬉しいサービスですよね。

展望ロビーは最上階の21階にあります。 開放時間は午前8時30分~午後10時まで。これだけの絶景スポットなのになんと入場無料です。

窓からは地上約90メートルからの景色が広がっています。 案内板があったのでさっき居た高崎白衣大観音は見えるかな?と探してみましたが、残念ながらここの案内板には載っていませんでした。レストラン側などからは見えるそうですが無料のロビーエリアからは方角的に死角になってしまっているようです。

展望ロビーの様子ですが、ロビー自体はそこまで広くはありません。ただガラス張りになっていて開放感は抜群です。

雨上がりのおかげか空気が澄んでいて、青空と雲のコントラストがとても綺麗でした。 高崎の街並みを一望できるだけでなく、遠くの山々まで見渡せて、とても贅沢な時間を過ごすことができました。 夜は22時まで開いているので、夜景スポットとしても最高だと思います。

群馬イタリアン-シャンゴ

続いてイタリアンレストランシャンゴ(Shango)へやってきました。

実は群馬県高崎市はパスタの街としても有名なのですが、その中でもこのシャンゴは高崎パスタの元祖とも言われる超有名店のようです。

この日はお昼のピーク時間を少しずらして訪問したのですが、それでも店内はほぼ満席という賑わいぶりでした。入り口には順番待ちの名前を書くボードがあったので、ランチタイムど真ん中に行くと行列は避けられない人気店なんだなと実感しました。

店内にはここを訪れた有名人のサイン色紙がズラリとありました。テレビや雑誌でもよく取り上げられるお店なので、多くの著名人もこの味を求めてやってくるようですね。食べる前から期待が高まります。

シャンゴ風スパゲッティ

今回はお店の看板メニューであるシャンゴ風パスタを注文しました。

運ばれてきてそのビジュアルに少し驚きました。真っ黒なソースの上に、大きなロースカツがドーンと乗っています。 一見するとこれ、本当にパスタなの?と疑ってしまうほどのインパクトですね(笑)

この独特な黒いソースはシャンゴ秘伝のオリジナルミートソースだそうです。 食べてみると味も個性的で一般的なミートソースとも、洋食屋さんのデミグラスソースとも違う、不思議な深みがあります。 甘みとコク、そしてほんのりとした苦味が絶妙なバランスで、これが濃厚なソースとしてカツにもパスタにも抜群に合うと思いました。

麺にもこだわりがあるようで、生パスタが使われていました。 弾力があって、噛むとモチモチッとした食感がよかったです。この太めの麺に濃厚なソースがしっかりと絡んで美味しかったです。他では食べられない高崎の味を堪能できて満足でした。

項目内容
店名シャンゴ 問屋町本店
住所群馬県高崎市問屋町1-10-24(JR高崎問屋町駅から徒歩約15分) (tabelog.com)
営業時間火~日 11:00~21:30(L.O.21:00)、定休日:月曜・第2・第4火曜
席数・設備全席禁煙、57席、駐車場30台以上(貸切可)
予算1,000~2,000円(税込)
名物メニューシャンゴ風パスタ Sサイズ 853円/Mサイズ 860円~790円
ベスビオ(海の幸トマトソース) Sサイズ 1,100円/Mサイズ 1,320円
特徴1968年創業の老舗イタリアン。ミートソース+トンカツの「シャンゴ風」が看板。キングオブパスタ受賞歴あり

秋月もみじ

シャンゴ風スパゲッティはボリューム凄かったですけど美味しかったのでペロっと食べちゃいましたー!群馬はイタリアンのお店多いみたいですけど群馬ならではのイタリアンって感じでした☆

100名城スタンプと城アクセス情報

箕輪城-100名城スタンプ押印
100名城スタンプ設置情報
項目内容
設置場所① 高崎市箕郷支所
② 高崎市箕郷公民館
③ 箕郷矢原宿カフェ
設置時間箕郷支所:8:30〜17:15(平日のみ)/箕郷公民館:9:00〜17:00(祝・年末年始休)
休日祝日・年末年始(施設により異なる)
電話番号027-371-5111(高崎市箕郷支所代表)
料金館内無料
備考スタンプ設置は3ヶ所あります。
城へのアクセス・交通・駐車場情報
項目内容
住所群馬県高崎市箕郷町西明屋ほか(箕輪城跡)
アクセスJR高崎駅 → 群馬バス「箕郷本町」下車 徒歩約20〜30分
バス高崎駅西口から箕郷方面行きバス利用が一般的。
駐車場箕輪城跡駐車場(無料)あり。トイレ併設。
電話番号027-371-5111(高崎市箕郷支所)
散策時間約30〜45分。土塁や空堀などをじっくり見るなら1時間弱ほど。
雪村ましろ

箕輪城跡は高低差は少ないですが山の中というか林の中を歩くので、歩きやすい靴で行かれるのがおすすめです。また虫よけスプレーもあったほうがいいと思います。あと熊注意の看板があったのでその点気を付けたほうがいいです。

まとめ

箕輪城07

画像は本丸のさらに奥に位置する御前曲輪です。本丸の一部としても機能していたと考えられていますが、ここは城内でも少し特別な空気が流れていました。

箕輪城にはいわゆる天守閣のような巨大な建物はありませんでした。しかしこの御前曲輪こそが当時の城の精神的な中心地(シンボル)であり、実質的な天守閣の代わりを果たしていたのではないか…そう想像させてくれる場所でした。

華美な装飾はないけれど、城を守る人々の想いが詰まったこの場所で今回の城巡りを締めくくりました。

また今回は戦国の世を感じる箕輪城から始まり、街を見守る高崎白衣大観音、近代化の象徴である世界遺産富岡製糸場、そして最後は高崎グルメのシャンゴと、群馬の歴史と文化をたっぷり満喫する旅となりました。

自然の中を歩き、歴史に触れ、美味しいものを食べる。 どのスポットもそれぞれ違った魅力があり、とても充実した一日でした。 皆さんもぜひ機会あれば高崎へ訪れてみてください。

染井さくら

箕輪城は井伊の赤備えで有名な赤鬼こと、井伊直政の居城でもあったんだよね。 虎口の周りがすごく良い状態で残っていたから、もしかしたら直政も同じ景色を見てたのかな?なんて想像しちゃった。そういうロマンを感じられるのも、お城巡りの醍醐味だよね♪

大和なつき

本当だね。それに今回はほぼ貸し切り状態で散策できたから、ゆったり見て回れて最高だったな。空いてると当時の空気感を独り占めできる感じがして贅沢だよね!

秋月もみじ

建物とかの遺構は少ないけど、すごく綺麗に整備されてて、地元の人に大切にされてるのが伝わってきたね。あと高崎白衣大観音の大きさにはビックリした~!街中からも見えるなんて、存在感が凄すぎるよ☆

雪村ましろ

近くで見るとさらに迫力満点だったね。胎内の階段を登りきるのは結構大変だったけど、展望窓からの見晴らしは最高だったし、頑張って登った甲斐があったよね。

染井さくら

うん、歴史もグルメも楽しめて大満足の旅だったね!箕輪城の前後のお城は15番足利氏館、17番金山城となっています。お時間あれば足を運んでみてください♪

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▼関東・甲信越の城をめぐる

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